普段、私も結構の他の方の書かれたブログの記事を読んでいます。
パーッと飛ばし読みすることが多いのですが、それでも、興味のあることや、面白い記事はじっくり読んだり、ブックマークで何度も楽しんだり、しています。
日々、ブログから色々な良いものを頂いています。
そして昨日ですよ!(あ、もう一昨日になりますね)
私のはてなブログの通知に見慣れぬ通知が有りました。
なんと、私の記事が引用されていたのです。
まずは驚きました。
その引用をされた方がももはな様 「ももはな (id:however-down) 」だったからというのもあるでしょう。
普段、なかなか、というか普通には絶対に触れられない世界の事を書いていらっしゃるので、とても楽しみに、時に衝撃を受けながら読ませていただいているのですが、ときに辛口の批判をされる方なので、正直(なんかやらかしたか?)と思って恐れ慄いていました。
そしてすぐにその記事を見に行きました。
そうすると、とりあえず批判ではなく、共感の範疇にある引用でまずは胸をなでおろしました。
そして、その記事が載ってから私のブログを訪れてくださる方が増えました。それもかなりのもの数です。
ブログにはこのような効果があり、読者の多い方に取り上げていただくことで、こんな事が起こってしまうのか、、、とまたまた恐ろしく思いました。
私がももはな様の記事で「すごいな」と思ったのは以下の記事です。
もう、だいぶ昔の記事になるのですが、亡くなった(厳密にはなくなる前という体)胎児に洗礼を受けさせる所は本当に涙が出ました。
職業としてや信仰として、というより、愛と矜持にかけて行われていることだったのかもしれませんが、それでも、信仰を持つ人よりも愛に溢れているように感じました。
その後の神様への疑問もよくわかります。ただキリスト者の端くれとして一言言わざるを得ません。
人が「主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。」という境地にはなかなか至れないものです。悲しみの中にある人、理不尽な仕打ちの中にある人、色々あります。そのすべての人に上の言葉の真意が伝わり、平安があることを祈るばかりです。眉を顰めるキリスト者の方もいらっしゃるかもしれませんが、私はそう思います。
もちろん、ももはな様のような自助努力も大事です!人は祈るだけでは何もなし得ないのです。叩けば開かれ、求めれば与えられる。それは人の行動、努力です。
ただ、自然な、その胎児の母の心を安めんがための愛ある行動に心打たれました。
本当に素敵な記事でした。
私はズレてると言われながら好きなことをして、好きな事を書きまくっている人間ですが、このような記事を紹介できる事を本当に嬉しく思います。
これもブログの良い点ですね!
最後まで読んでくださり、
ありがとうございました。
そういえば銀英伝に民主政治の腐敗の象徴みたいな感じで、ヨブ・トリューニヒトっていましたけど、ここから取った訳では無さそうですね。