お役に立ちたい!ズレてる私の感性はいかが?

今まで「ズレてる」と言われてきた感性を、「独特の切り口」としてお役に立ててもらえれば、というブログです。

男という字は差別的になる世の中なのか?

ラジオを聞いていると、とある自治体の公衆トイレの外観でひと悶着あったらしいです。

どうも、外観を公募したところ、男性用が淡い青色、女性用が淡いピンク色が上位だったらしいですが、それが性による色の決めつけだ!という抗議の声により、僅差で2位だった「両方ともベージュ」という塗料をケチったような案に落着したといいます。

これには大きな問題を含んでいると思います。

まず、これが自治体が単独で決めたものではなく、公募によるもの、ということです。

つまり、多くの人がそれで良いと言った案を、マイノリティーの声で変更した、ということが一つ。
もちろん、マイノリティーに配慮があるのは良いことなのですが、物事を決めるためのシステムを捻じ曲げる事は、現実を誤認することにつながると思っています。

つまり、今回の決定は、多くの人が男女の色分けを良しとしている現実は、市民権を得ていない、という間違ったメッセージを伝える事になってしまいます。

例えば、いま市民権を得ていませんが、多くの人が当事者になったなら一度は考える行為があります。「仇討ち」です。

今は仇討は犯罪です。しかし、これも多くの人が「別に良いのではないか」と思うことによって多くの人が納得のうちに認められることだと思います。同じような話で、時代の流れで認められた考え方で「尊属殺人」があります。これは以前はいかなる理由があっても尊属殺人は重罪とされていましたが、今では単なる殺人との区別は有りません。

このように、一つの考え方が市民権を得るか否かは、他の人の自由との衝突の前にあって慎重に判断されなければいけないことです。

マイノリティーの自由が必ずしも保護されるとは限らず、科学的根拠やマジョリティーの許容範囲か否かを慎重に議論されるべき文脈で、今回の判断には疑問が残ります。

もう一つ疑問な点があります。

それは、「青が男性、ピンクが女性と決めつけている」ことに対する抗議」に配慮したと言う事です。

確かに、色のイメージが定着していることによって何らかのマイナスの感情を抱く人がいることは理解します。しかしそれは文化的側面もあり、即座に判別できるという便利な効果もあるわけです。

特に色には役割的な意味合いは無く、もはやイチャモンのようにも聞こえるのです。

それでは「男」という漢字はどうなのでしょうか。田んぼの下に力という字を書き、いかにも、外で力仕事をするような自体であり、役割的な意味合いが強いです。

これについては時代が変われば新しい漢字が生まれるのかもしれませんが、今のところ漢字を変えなければいけないと騒いでいる人を聞いたことは有りません。

しかし、役割的な意味付という意味ではこれ以上のものは無いので、色に対する批判などはなんとも頓珍漢な批判に聞こえてしまうのです。

そもそも両性には生物学上も明確な差があり、互いに協力し、尊重しあって平安と繁栄を楽しむべきであるのに、リベラルと言いながら分断と混乱を良しとするような考え方はその根本自体が見直されなければならないのではないかと思うのです。

目的を見失い、突飛な手段によって分断を生むことは、今後見直されるべきでしょう。



最後まで読んでくださり、
ありがとうございました。

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